『 Au Revoir
― また 逢う日に ― (1) 』
ある朝めざめると 秋 になっていた。
カーテンの隙間からこぼれてくる朝の陽射しは 薄く儚く、レースのカーテンだけでも
遮ることができるほどだ。
「 ・・・ ん〜〜〜〜 ・・・? 曇り なの ・・・?
」
ベッドで伸びをして もう一度枕にアタマを埋めつつ フランソワーズは窓の方へ
目を向けた。
「 天気予報 ・・・ 晴れっていってた ・・・ けど ・・・・ 」
ふぁ〜〜〜 大きな欠伸をひとつ。
パジャマの背に亜麻色の髪を揺らし、ブランケットの中から起き上がる。
「 ・・・ さ むい ・・・! やだ。 窓、ちゃんと閉めなかったかしら・・ 」
腕を擦りあわせ 窓辺に寄り ― カーテンを引く。
「 ・・・ あ ・・・・ 」
昨日までの華やかな光は どこにもない。
晴れてはいるが陽射しは薄く紗を纏った風で なにより空気が変わっていた。
見慣れた窓の外、 巴里の街に秋が訪れた。
「 ・・・ やだ〜〜 昨日までまだ夏っぽかったじゃな〜〜い
秋用の服とか・・・ まだクロゼットの奥なのに〜〜〜 」
彼女はぶつぶつ言いつつ スリッパをひっかけクロゼットに近寄り開けた。
「 もう ・・・ 急に変わるんだもの〜〜〜
ああ 寒 ・・・! コート無しだと寒いかしら ・・・ 」
生まれ故郷では 季節は唐突に変化するのだ。
夏は突然に 次の季節へバトン・タッチしてしまった。
つい ・・・ 先ごろまで住まっていた極東の島国では
季節はゆるゆると移り 優しくいつの間にかその顔を変えていった。
温暖な地域に住んでいたこともあり、いつも温かさが町中に漂っていた。
彼女には < 寒い > と 感じられる日はあまりなかった。
暮らしていたのは辺鄙な海岸沿いの地に建つ邸だったが 周囲には緑が溢れていた。
「 ねえ ねえ ジョー! 裏山の中に珍しい葉っぱよ! 」
ある日、ジョーが帰宅するとフランソワーズは息を弾ませ飛んできた。
「 ただいま・・・ って ・・・ なに? どうしたって? 」
「 だから 裏山! キッチンの窓からず〜〜っと見ていたの 」
「 へえ ・・・? 」
ジョー ― 同居している気のいい仲間 は にこにこ・・・彼女のおしゃべりを聞いてくれる。
「 あのね だから ― あ お帰りなさい。 晩御飯 できてるわ 」
「 わ〜〜〜 感激だな〜〜 着替えてくるね〜 」
「 ええ ・・・ あ 手も洗ってね〜〜 」
「 了解〜〜 」
彼女が発見した < 珍しい葉っぱ > は 翌朝イチバンで観察することになった。
「 え〜〜 どこだい 」
「 こっち こっちよ! 」
ガサガサ ・・・・ ゴソゴソゴソ ・・・
朝陽が照らす中 二人で裏庭から続く雑木林の中に入った。
日中の陽射しはまだまだ強いが さすが朝晩は爽やかな空気になってきている。
「 ふ〜〜ん ・・・ いい気持ちだね〜〜〜 緑の匂いだ・・・ 」
「 そう? ・・・え〜と ・・・ あ! あった! 」
「 え どこどこ? 」
「 あれよ! ほら! 」
「 ・・・ ? どこだい? 」
「 あそこよ! 」
彼女は背のびをして 一心に指さしているのだが ・・・
「 え ・・・ わかんないよ〜う どれ どれ?? 」
「 だから〜〜 ほら ! そっちだけ真っ赤な葉っぱがあるでしょう? 」
「 ・・・ え あ ・・・それって・・・ あれのこと?
」
ジョーは 件の一角を見つめ ― 固まっている。
「 そう! ねえ 新種? それとも突然変異とかかしら? 」
「 あ〜〜 きみ 初めてみたのかい? 」
「 ええ! 大発見かも〜〜〜 コズミ博士にお願いして学会の会報とかに 」
「 ― フラン。 あれ・・・ 紅葉 だよ
」
「 こうよう・・・・? 」
「 そ。 この季節になると 日本では木の葉っぱはこんな色になるのさ。 」
「 え 普通の葉っぱが ? 」
「 うん。 これは・・・ モミジだな〜 他には黄色になるのもあるよ。 」
「 で でも あっちのツンツンした葉っぱや ジェロニモ Jr.の手みたいな
おっきな葉っぱ! 皆 つやつや緑だわよ 」
「 え? あ〜 松 とか ヤツデは 常緑樹っていってさ 一年中緑なんだ 」
「 ふうん ・・・ 毎年 真っ赤になるの ・・・ 」
「 そ。 今はまだ一 〜 二枚 だけど そのうち ぜ〜〜〜んぶ赤くなるよ。
裏山の半分くらいはまっかっか かな〜〜〜 」
「 半分も?? 真っ赤??? ・・・ 防護服みたい ・・・ 」
「 あは ちょっち色合いが違うかもな〜〜
ねえ きみの故郷では 秋には葉っぱの色は変わらないの? 」
「 変わるわ! 秋にはね〜〜 大通り沿いに植えてあるマロニエの樹がね
み〜〜んな黄色に染まって・・・・・ とってもキレイなの。
お日様が当たると 金色に見えるのよ 」
「 へえ〜 日本にも黄色になる樹 あるよ。 扇みたいな葉っぱで銀杏っていうんだけどさ
だから これはその親戚みたいなもんさ 」
「 ふうん ・・・ ああ でも真っ赤でカワイイわあ〜〜 」
「 そのうちさ たくさん落ちてるようになるから 拾ってシオリとかにすれば? 」
「 そうね♪ きっと素敵だわね ・・・ ふうん この山が真っ赤に ねえ 」
「 日本の秋は紅葉がキレイなんだよ。 そうだ! もうちょっと紅葉が進んだら
紅葉狩りに行こうよ! 博士や張大人とかも誘ってさ 」
「 あら おでかけね♪ ステキ! でも ・・・ なにを取るの? 」
「 へ? 」
「 秋だから きのこ? 栗の実? あ ・・・ カキかしら。
そっか ! < こうよう > を拾うのね? 」
あまりに < ガイジンさんの定型質問 > に ジョーの方が目をまん丸にしてしまった。
「 うわ ・・・ ホントにそういう風に質問する人、いるんだ〜〜〜
」
「 ?? あ わかった! お米でしょう?? 秋には収穫って当然ですものね
わ〜〜 日本のお米狩りって初めてだわ〜〜 」
「 あ あのね フラン。 そうじゃなくてさ ・・・ 」
「 はい? 」
「 あの〜〜 ね ・・・ つまりその〜〜 」
ジョーが ポリポリ頭を掻きつつ説明をはじめた。
「 ふふふ ・・・ あの時のジョーの顔ったら♪ ホント 可笑しな人ねえ 」
くすくすくす・・・ ニットの上着を羽織りつつ笑みがこぼれてしまう。
「 うん これなら寒くないわね・・・ あ あの赤い葉っぱ!
取っておけばよかったかなあ〜 ステキなブローチになるわ 」
濃いベージュ色のニットを引っ張ってみた。
「 ものすごくキレイな ・・・ 鮮明な赤 だったわよねえ
誰だって初めて見たら 新種だ!って思うわよ。
だってね〜 そりゃ 巴里ではマロニエの葉は黄色に染まるけど・・・
あんな真っ赤なんて ・・・ 少なくともわたしは見たことなかったんだもの。
そうねえ ・・・ 裏山が毎日賑やかな色合いになってきて・・・ 緑の樹も
ちゃんと残ってて・・・ それでいつの間にか くすんだ色に変わるのね ・・・
風が冷たい! って思う頃には 葉っぱ皆散っていたっけ・・・
うふ・・・ 毎日毎日 ぼ〜っと眺めていたけど ちっとも飽きなかったな〜 」
・・・ 胸がちょっとだけ ・・・ きゅん! と鳴った。
「 うふ ・・・ そうなのね いつのまにか季節は移っていたわ ・・・
空気や自然までもが ゆるゆる ・・ 優しいのよ 」
ふうう ・・・・ なぜため息がでたのか自分自身でもよくわからない。
あの町は あの家は 暮らしやすい場所だった。
自分たちの特殊な事情を気にする必要もなく 同じ運命の仲間たちと
ひっそり・・・穏やかに暮らしてゆくには絶好の場処だった。
「 そう ・・ ・・ ね。 キライじゃなかったわ ・・・
ず〜〜っと波の音が聞こえているのも いいなあ〜〜って思ってたし 」
― そう。 波の音 はごく身近にあったのだ。
最初 その地に降りたったとき、 まず目に入ったのは眼下に迫る海だった。
― え。 こんな海の近くで ・・・ 住めるの??
内陸の都市で生まれ育ったから 海 は特別な時にだけ訪れる場所だった。
悪夢の日々は 四方を海という壁で閉じ込められていた。
だから ― できれば 海の見えない、どこか山奥ででも暮らしたいと思っていた。
「 お〜〜〜 いいな〜〜〜 ここからの景色 最高だね〜〜〜 」
新しい家のテラスに出て この国出身という茶髪の仲間は歓声をあげた。
「 ね〜〜 みてみて〜〜 きっとさ〜 日の出とかすごいキレイだよね 〜〜 」
「 ・・・ そっちは東じゃないわよ 」
「 あ ・・・ へへ そっか〜〜〜 でもさ 月とか見れるよ〜〜
お月見しよう! 夏はすぐに泳げていいなあ〜〜 」
彼はすっかりはしゃいでいる。
「 ・・・ 海の側って。 危険じゃない? 高波とか嵐とか ・・・・ 」
「 あは? この家は特別頑丈だもの、大丈夫さ。
」
「 そう? ・・・ 波の音って案外大きいのね 」
「 へ〜き へ〜き。 すぐになれるよ。 ぼくもさ 海に近い場所で育ったけど
波の音 なんて意識したことなかったもん
」
「 あら アナタはこの近くの出身なの? 」
「 あ〜〜 近くはないけど ・・・ 地域的には同じさ。
うん 冬でも結構温かいよ、 雪なんて滅多に降らなかったもんな〜〜〜 」
「 そう ・・・ 」
窓は ・・・ 防音じゃないのね ・・・
いいわ 今晩から耳センして寝るわ
昼間は ・・・ そうね、イヤホンで音楽を聞いていればいいかも
彼女は浮かない顔で 割り当てられた私室に引き上げた。
「 ― まあ ・・・ 」
部屋は ― 南向きで 大きな窓が開いていた。
あ ら ・・・ ステキな部屋 ・・・かも。
ああ でもやっぱり波の音が聞こえる・・・
眠れるかしら ・・・ ああ イヤね ・・・
ぼすん、とベッドに腰を下ろし、明るい部屋を見回しつつも フランソワーズは
どこか不安な表情をしていた。
翌朝 ―
「 あ おはよう〜〜 よく眠れたかい 」
キッチンに降りていったら 彼はコーヒーをいれようとしていた。
「 あ おはよう・・・ 早いのね、 ジョー。 」
「 えへ・・・・朝ご飯〜〜って思ったんだけどさ 米もミソも買ってなかったんだ
ひとまず コーヒー淹れようと思って・・・ 」
インスタントだけどさ、 と彼は屈託なく笑った。
こめ ? みそ ? ― それって なに??
彼の言ったコトバには 理解不能な単語があったが とりあえず気にしないことにした。
「 あ ・・・ コーヒーならわたしが ・・・ それにパン!
パン屋さん場所、教えてくれたら買ってくるわ。 この時間ならもう朝一番のが
焼き上がっているのじゃない? 」
「 え・・・ さあ〜〜・・・?? コンビニならともかく食パンとかあると思う。
あ それはぼく 今から買ってくる! 下の国道沿いにコンビニ あったから 」
「 あ ・・・ そう? それならついでにミルク お願いします。 」
「 おっけ〜〜〜 あと ・・・ ハムとかバターとかも買ってくるよ 」
「 一緒に行きたいけど 」
「 いや 今朝はゆっくりしていなよ。 あ よく寝られた? 」
「 え ・・・ 」
「 波の音とか ・・・ 気にしてたから さ 」
「 あ ら ・・・ 全然忘れていたわ 」
よかった〜〜〜 と 彼はまた笑い 行ってくるね、と玄関から飛び出していった。
あ ら。 波の音・・・?
ホントに全然 ・・・ 気にならなかったわ
彼に言われ 改めて耳を澄ませ ― やっと彼女は潮騒の音を拾うことができたのだ。
「 ・・・ わたし。 この家 ・・・ 好き になれそう 」
「 おう お早う〜〜 フランソワーズ、早いのう 」
カタン。 老博士が 案外すっきりした姿でキッチンに現れた。
「 あ おはようございます 今 起きてきました。 博士こそ ・・・ 」
「 ははは 年寄は朝が早いからの〜 辺りをすこし散策してきたのさ。 」
「 まあ ・・・ 」
「 なかなかよい土地じゃな〜 下の大きな道の先には商店街があるな。
穏やかな土地柄らしいな 」
「 そうなんですか よかった・・・ 」
「 うむ。 ジョーは? ああ まだ寝てるのかな 」
「 いえ ・・ 一番に起きてて・・・ 今 パンを買いに 」
「 ほう それは悪いことをしたなあ 」
「 ええ ・・・ あ 今 コーヒー 淹れますね 」
「 おお ありがとうよ どれワシはイワンの様子をみてくるかな 」
「 うふふ 赤ちゃんが一番お寝坊さんですね 」
「 ははは ・・・・ そうじゃなあ 」
新しい朝、 新しい家には ゆったりした時間 ( とき ) が流れ始めるのだった。
「 そうそう それで彼が買ってきたパン・・・ 四角いパンだったのでびっくしたわ。
焼きたてのバゲット・・って思ってたもの ・・・ 」
ふふふ・・・ ちょっとほろ苦い笑みがこぼれた。
「 ほら パンあったよ〜〜〜って。 彼ってばハムと卵も買ってきたわね。
ハムはうす〜〜〜いのがぎゅっとパックになってて ・・・・ え これがハム?って。
ごめん コンビニだからさ〜〜ってジョーはしきりに謝っていたっけ・・・ 」
耳の奥に あの波の音が蘇る。
でも案外はっきり覚えていないのは ― 日常ではほとんど気になっていなかった、ということだろう。
「 ・・・ 辺鄙な場所だったけど。 わたし達にはちょうどよかったのかもしれないわ。
・・・ 普通の商店街では ちゃんと厚く切ったハムや焼きたての < ふらんすぱん >
を並べているお店もあったし ・・・ 」
ぱふん・・・ ! またベッドに腰を下ろしてしまった。
「 そうよ〜〜 ふらんす・ぱん! も〜〜あれには本当にびっくり。
どう見たって美味しそうな焼きたてバゲットなんだけど ・・・
< ふらんすぱん > って プレートが付いているのよね〜〜 」
うふふふ ・・・・ 彼女はベッドで思い出し笑い転げている。
「 ジョー。 これ ・・・ なんて書いてあるの? 」
地元商店街の < 麺麭屋さん >、 自家製パンが並ぶ陳列棚の前で
フランソワーズは固まっていた。
「 え? どれ? 漢字で書いてある? 」
「 いえ ・・・ でも これ 」
「 ? これ?・・・ ふらんす ぱん だよ? きみが好きなヤツ。
え〜と焼きたてだって。 これ 買ってゆこうよ 」
「 え ええ いい匂い ・・・ でも ふらんす・ぱん っていうの? 」
「 あ〜〜 うん こういうパンのこと、日本では フランスぱん っていうんだ。 」
「 ふうん ・・・ これ バゲット よねえ ・・・ 」
「 ここのパンはオイシイよ〜〜 全部 裏のパン窯で焼いているんだって。」
「 そうなの? ホントおいしそうよねえ 」
「 お嬢さん フランスの方ですか 」
二人がごしょごしょ話ていると 店の主人が声をかけてきた。
「 あ ・・・ は はい ・・・ オイシソウですね〜 」
「 本場のバゲットに比べたら ・・・ 劣るかもしれませんが・・・
これはこの土地に合う味だ、と思って作っています 」
「 いい匂いですね〜〜 これ 一本、ください 」
ジョーが < ふらんすぱん > を差し出した。
「 ありがとうございます。 いま 包みますから 」
「 あら このままもって帰ります。 ウチはすぐそこですもの 」
フランソワ―ズは ぱりぱり・バゲットをさっとハンカチで包み腕に抱いた。
「 あ〜〜 ・・・ いいですねえ・・・ なんか映画のワン・シーンみたいだ〜 」
パン屋の主人は目を細めて 眺めていた。
「 ふらんす ぱん って なに〜〜???ッて思ったわよねえ・・
でもあの < 麺麭屋 >さんのパン! み〜〜〜んな美味しかったわ。
クリームパン とか最高〜〜〜よ〜〜 ああ 食べたい! 」
ぽ〜〜ん ・・・ 枕を放り上げてみた。
「 うふふ・・・ でもねえ〜 フランス・パン って言う?
それなら 日本ぱん ってある?? あ ・・・ アンパンのことかしら・・・
アンパンもね 美味しいわ。 あれはスウィーツって思えるけど ・・・ 」
ああ〜〜〜 栗アンパン が食べたい! ― 枕がもう一回宙に舞った。
「 フラン〜〜〜 コーヒー豆の買い置き どこだ〜〜 」
キッチンから声が飛んできた。
「 あ お兄ちゃん 〜〜 あのね! ああ 今ゆくわ 」
急いでベッドから跳ね起き、服をひっぱり髪を抑えた。
「 あ・・・ もう寒いのねえ ・・・ あっちはまだ暑い日もあったのに・・・
それでも < こうよう > は綺麗だったっけ・・・ 見たいな ・・・ 」
そう よ ― あのお家 わたし、好きだったのよ。
「 フラン〜〜〜 コーヒー 豆 どこだあ〜〜〜 」
兄の声のトーンが 跳ね上がった。
「 もう・・・ お兄ちゃんったら〜〜 いつもの棚に置いてあるわよ! 」
キッチンに向かって声を張り上げると 彼女は部屋のドアを開けた。
「 だから〜 いつもと同じトコに置いてあるの。 」
「 ・・・ 俺は置き場を変えてたんだ 」
「 そんなの、知らなわよ。 ともかく はい、コーヒー豆! 」
どん。 テーブルの上にコーヒー豆の小袋が置かれた。
「 〜〜〜〜 わかった。 今朝はインスタントでいい。 」
「 あ そ。 それじゃご自由にどうぞ。 」
どん。 小袋の隣に インスタントのビンが置かれた。
「 ・・・・・ 」
兄はため息をつくと カップにインスタント・コーヒーを入れた。
「 これ 美味しいわよ。 インスタントとは思えないくらい 」
「 ふ〜ん ・・・ どこのだ? 」
「 東京で買ったの。 〜〜〜〜 ね? 」
「 ・・・ ふん ・・・ まあまあだな。 やはりコーヒーは豆から 」
「 じゃ ご自分でどうぞ。 」
「 〜〜〜〜〜 」
兄はまたまたふか〜〜〜いため息をつくと コーヒーカップを口に運んだ。
「 あ・・・っと ・・・ パン 買ってくるわ 」
「 もう俺が買ってきた。 この時間じゃ とっくに売り切れだ 」
「 あらあ そうだった?? コンビニに置いてないの? 」
「 なんだって?? 」
「 あ ・・・ 便利なお店のことよ。 え〜〜と? 卵、いる? 」
「 俺はいつもハムとチーズ だ。 」
「 そうでした 今 もってくるわ 」
「 メルシ。 」
コーヒーの香りが漂い 至って静かな兄妹の朝食が始まった。
兄は相変わらず新聞を広げているし 妹は窓の外に視線を飛ばしている。
テレビもラジオも ― 沈黙だ。
ポン。 時計が小さく時刻を告げた。
「 ファン。 レッスン ・・・ ゆくのか 」
「 うん。 」
「 あ 〜〜 別のトコ か 」
「 うん。 オープン・クラスのスタジオ いっぱいあるもの。 」
「 そっか。 」
「 ・・・ ん。 そのほうが いいかなって 」
「 そうだ な。 ・・・ 気をつけて な 」
「 ん ・・・ 」
兄と妹は 言葉少なく ― しかし万感の思いを込めた眼差しを交わした。
コト細かくは 言わない。 けれどお互いのココロの中は十分に解っている。
「 お兄ちゃん ・・・ 今日は早く帰る? 」
「 ああ。 いつもと同じだ。 ファンは 」
「 別に予定はないわ。 」
「 ん ・・・ 行ってくる
」
カタン。 兄はカップを置くと立ち上がった。
「 あ いってらっしゃい 」
「 ・・・ いいな その言葉 」
「 ?? 」
「 イッテラッシャイ って なんか温かい気分になる 」
「 そう ね。 お帰りなさい も好きよ 」
「 ん ・・・ 日本語もなかなか いいな 」
「 ん ・・・ 」
兄は 妹のアタマをくしゃり、と撫ぜると出勤して行った。
「 あ も〜〜〜 お兄ちゃんったらあ〜〜〜
― いってらっしゃ〜〜〜〜い 〜〜〜 !!! 」
フランソワーズは窓辺に寄り大きく開き 手を振った。
以前と変わらぬ 細やかで穏やかな兄妹の日々が流れてゆく。
ああ ・・・ ! どんなにこの時間に戻りたかったか ・・・!
少しばかり涙が滲んでしまった。
「 うふ ・・・ 泣き虫フランソワーズ ね。
さあ レッスンに行くわ! また踊れるのよ わたし! 」
大きなバッグを持ち、ニットの上着を羽織ると フランソワーズは軽い足取りで
アパルトマンの階段を降りていった。
Last updated : 09,27,2016.
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********** 途中ですが
短くてすみませぬ〜〜〜 <m(__)m>
ジャン兄が出てくるので 一応 原作設定 かな〜
あ 事件 は起きません、後半も☆